「相手が同意したのだから何をしても問題ない!」

子どもの言い訳のようですが、現実には立派な大人がこのような主張をすることがあります。ジュリストという法律雑誌の2016年4月号に、退職金の減額に対する同意について興味深い判例(最高裁平成28年2月19日判決)が掲載されていたので紹介します。

某金融機関が経営破綻を回避するために合併を重ねました。その際に、就業規則の不利益変更により退職金の算定方法が変わるので、新しい退職金の計算方法が書かれた説明文書の記載内容を職員らに読み上げて「同意書」に署名させました。

新しい就業規則が適用された結果、原告(裁判をした元職員)の退職金の支給額が0円となってしまいました。原告は退職金がなくなったことに納得できず金融機関を訴えたのです。

退職金の算定方法が変わることは説明され、原告はこれに納得して「同意書」に署名したのですから、一見すると原告の訴えには正当性がないようにも思われます。

ところが、最高裁判所は次のように述べて原告の訴えを認めました。

「労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、」「労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべき」

「退職金が0円となる可能性が高くなることやY(金融機関)の従前からの職員の支給基準との関係でも著しく均衡を欠く結果となることなど、Xら(原告)に生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があった」

もう少しわかりやすく説明すると、①職員は弱い立場にあり情報の収集能力も足りない②退職金の算定方法の変更を説明するだけでは足りず③個々の職員の退職金の額が具体的にいくらになるかまで説明しなければならない④退職金が0円になることの説明がなかったのだから職員の同意には効力がない、と最高裁判所は判断したわけです。

この事例に限らず、強い立場にある者が弱い立場にある者から同意を得る場合、強い立場にある者は丁寧に説明し十分な情報をあらかじめ提供しなければなりません。そうでなければ弱い者はよく理解せずに仕方なく同意書に署名しただけで、心から同意していたわけではないと裁判所に判断されてしまうかもしれません。

「同意があれば何でもできる。」は間違いなのです。

(丹波市 弁護士 馬場民生)