『子を連れて別居、代理人の弁護士にも賠償命令「違法な助言」』
令和4年3月30日配信のヤフーニュース(記事提供は朝日新聞)の見出しです。弁護士に対する賠償請求が認められたことから、法曹関係者の間でも注目を集めている判決です。もっとも、記事によれば、単独親権者だった元夫から元妻が子どもを連れ出したという事案のようです。離婚に先立って別居する際に子どもを連れ出す場合とは事案が異なります。離婚前であっても、親権を失っていない父親が子どもを違法に実力で奪取した場合に刑事罰(未成年者略取罪)が科されたことさえもあります。ましてや単独親権者の元から子どもを連れ去る行為については、かなり慎重な判断を求められることは間違いありません。

子どもの連れ去りの態様が親権者の指定・変更の判断に影響することもあります。判例タイムズNo.1100(2002年11月10日号)156頁では、裁判官が次のように解説しています。
「親権者についての判断は、将来に向けていずれの当事者に子を監護させるのが適当かという観点から行われるべきであるから、監護開始時及びその後の引渡拒絶の違法性が親権を変更すべき直接の理由とはならないが、親権者としての適格性を評価するための重要な事情として考慮することは可能である。」

子どもの連れ去りの違法性の有無について判断した裁判例は多いです。そのうち参考になると思われる裁判例を以下紹介します。
(1)連れ去りが違法または問題ありとされた裁判例
・大阪高決平成12年4月19日 無断で幼稚園より連れ出し。
・札幌高決平成17年6月3日 監護者から子を無理矢理奪い去り、泣き叫ぶ子を抱きかかえたまま警察官の説得にも応じず。面会も実施せず。
・大阪高決平成17年6月22日 実力で連れ去り。子の所在を秘匿している。
・東京高決平成17年6月28日 母とともに通園バスを待っていたところ、両親とともに自動車で待ち伏せをし、強引に抱きかかえて同社に乗せて奪取した。
・東京高決平成20年12月18日 保育士のすきをついて保育園内に侵入し連れ去り。子の所在を秘匿している。
・東京高決平成29年2月21日 いさかいと非難に耐えられずに別居。関係修復の努力なし。連絡を断った。連れ去り後の監護状態について、近隣住民が児童相談所に通告していた。

(2)連れ去りが適法とされた裁判例
・京都家裁決定平成30年3月28日 錯誤による監護開始の主張。強制的な奪取あるいはこれに準じたものはなし。
・東京高決令和元年12月10日 留守中に転居先を明らかにせずに子を連れて別居した。

子どもの連れ出しについての以上の裁判例から、少なくとも次の行為については違法あるいは問題がありと判断されます。
(1)幼稚園等からの無断の連れ出し
監護者及び園の許可を得ることなく、幼稚園等(自宅以外)にいるところを一方的に連れ出している。
(2)実力による奪取
監護者から実力で子どもを奪い去っている。強制的な奪取が見られないことを理由に違法性を認めなかった裁判例があります。
(3)所在秘匿・連絡拒否・面会拒否
連れ去り後に所在を秘匿するなどして、子どもと相手方との面会の機会を与えていない。ただし、転居先を明らかにしていなかった事案について、違法性を認めなかった裁判例もあります。子どもと相手方との面会の機会の有無は、事案によって考慮要素に占める比重が異なるようです。

もっとも、連れ去りが違法性と評価されたからといって、親権あるいは監護権が認められないとは限りません。札幌高決平成17年6月3日では子どもを奪い去った側が親権を認められました。連れ去りのあった年(平成4年)から10年以上の時が経過したことに加えて、子ども(判決時11歳)が連れ去りをした親との同居を希望していたことが決め手となっています。ただし、多くの裁判例では、違法な連れ去りは親権・監護権の喪失につながっています。

東京高決平成29年2月21日では、幼稚園等(自宅以外)からの無断連れ出しや実力による奪取がないにもかかわらず、連れ去りの問題性を指摘して監護者の指定等の申立を認めています(連れ去られた側が監護者として認められた)。この裁判例は連れ去りの問題性を指摘しつつ、違法とまでは明言していない点で限界事例と考えられます。この裁判例では次のように判断されました。

妻は、夫の留守中に子どもを連れて自宅を出ています。別居の理由としては、「いさかいが続き、非難されることに耐えられず、未成年者を巻き込んで家を出た」と裁判所は認定しています。
また、別居にあたって、妻は
・未成年者の監護養育を第一に考えて夫婦関係の修復に努力せず
・別居にあたって子の福祉を考慮せず
・別居後に夫と子の連絡を絶った
と判断されています。
次に、監護者としての適格性に関連して、
・夫は食事作りをもっぱら担うなど主たる監護者であった
・夫には監護の補助態勢がある
・妻は別居後に近隣に聞こえるほどの怒鳴り声を子に度々浴びせている
・妻の監護の補助態勢は十分ではない
と裁判所によって認定されました。

配偶者の留守中に子どもを連れ出す行為が、即違法とされるわけではありません。別居に至る経緯やその後の監護のあり方によっては、連れ去りが問題視されたり、親権・監護権を失うことがありえるということです。
(丹波市 弁護士 馬場民生)