弁護士業務を行うなかで、大学教授に意見を求めることがあります。意見というと大層な感じですが、顔見知りの教授に「教えて欲しい。」とメールなどで尋ねるに過ぎません。労働事件の裁判で複数の教授に教えを請うたところ、広島修道大学の名波彰子教授がご専門のニュージーランドの労使関係について大変興味深い話を教えてくださいました。名波先生の許可を得ましたので以下メールを転載します。ドライな契約社会における労使関係のあり方が生き生きと描かれています(名波先生は文章も講演も大変刺激的です)。とりわけ、解雇は難しくないものの、(雇用関係の)「契約書が存在し、雇用関係を結ぶ前に弁護士を入れることが慣習」になっていることやハラスメントに厳しい「文化背景」があるとのご指摘は大変興味深いです。「日本の労働法制は解雇に厳しすぎる。」と言い出す前に、雇用関係を支える社会のあり方を知ることの必要性を改めて認識することができました。

・・・・以下、名波彰子教授からのメール・・・・

「復讐行為で勤怠をさかのぼってノーワーク・ノーペイというのは、ニュージーランドではpoint of no returnと呼ばれる、法の不可逆性に反するので、完全に違法でした。そもそも、ニュージーランドは雇用者による解雇が日本ほど大変ではないので、解雇に関してそこまで感情的なやり取りになることはありません。通常1ヶ月に(最短で2週間前)、ペラリと”Your position will be no longer available in…”という紙が送られてきて、退職パッケージの提示(=主に金)があります。というか、私は勤めていた学部がまるごと吹っ飛んだときに、経験しました。でもそれも、仕事を受ける前に分厚い契約書を取り交わしているので納得せざるを得ず、そのまま荷物を整理して関係が終わります。もちろん揉めるケースもありましたが、たいがいは契約書に事細かに書かれているので、それを確認します。

ただ、契約書も万能ではなく、雇用者のタチにもよりました。

一時期ブラックな仕事をしていたときは、契約書に従い退職届を出し、有給の買い上げを申請したのですが(ニュージーランドでは退職時に残った有給を雇用主が買い取ることが決まっています)、書類に必要な書類のサインをしないまま、上司がどっかにいってしまいました。当日午後5時で雇用契約が切れるため、5時前にどうしても買い取ってほしかったので、事務の人に頼んでその場で払い出してもらったことがあります。おそらく、あとであっせんを入れたらすぐ勝ちましたが、変な上司だったので面倒だったため、この方法をとりました。

話が脱線しましたが、契約書が存在し、雇用関係を結ぶ前に弁護士を入れることが慣習なのでそこまで揉めることもなく、解雇も退職もわりと気軽にするので、追い出し部屋などのハラスメントが発生する余地もあまりなかったです。また、これは文化背景に関わるのですが、Fair and Justという、正義とモラルを持つことを誇りにしている人が多いので、陰険なハラスメントがあると会社の名前がすぐ負の面で広がって、非常にやりにくくなります。私がいたブラック職場も売上を落として大改革されました。」

(丹波市 弁護士 馬場民生)